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栄枯盛衰、3度のバブルと崩壊:Airbnbが変えた日本の民泊の歴史

Airbnbが日本に上陸し、民泊という言葉がまだ一般的ではなかった時代から、わずか10年足らずで日本の観光・不動産市場は大きく変化しました。ブーム、そして規制と感染症による後退。日本の民泊業界は、まるでジェットコースターのような激動の歴史を辿ってきました。

本稿では、日本における民泊ブームの始まりから、3度にわたる「バブルと崩壊」の歴史を紐解いていきます。

 

第1次バブル:黎明期の「無法地帯」時代(〜2018年)

 

2016年頃までの日本で、「民泊」という言葉はほとんど知られていませんでした。しかし、この時期は日本政府がインバウンド観光に力を入れ始めた時期と重なります。海外ではすでに広まっていたAirbnbのようなサービスが日本でも利用され始めましたが、運営者はごく少数。

まだ法整備が追いついておらず、**民泊新法(住宅宿泊事業法)**も存在しませんでした。Airbnbも許認可番号の掲載を義務付けていなかったため、運営者は一般的な賃貸マンションの一室を借り、家具や家電を置くだけで、簡単に民泊を始めることができました。

ライバルが圧倒的に少なかったため、Airbnbに掲載するだけで驚くほど予約が入り、多大な利益を生み出すことができたのです。これはまさに第1次民泊バブルと呼べる時代でした。

しかし、この無法地帯状態は、近隣住民との騒音トラブルやゴミ問題を引き起こし、社会問題化していきます。そして、2018年6月、満を持して民泊新法が成立。自治体への届出が義務化され、年間営業日数が180日に制限されることになります。新法に対応しない物件は次々とAirbnbから削除され、第1次バブルはあっけなく崩壊しました。


 

第2次バブル:合法物件の「勝ち組」時代(2019年〜2020年)

 

民泊新法の成立によって多くの違法民泊が市場から一掃されたものの、日本のインバウンド観光は勢いを増し続けました。特に2019年にはラグビーワールドカップが開催され、世界中から多くの観光客が訪れます。翌年の東京オリンピック開催も控え、外国人観光客の急増は確実視されていました。

これにより、民泊新法や旅館業法に基づいて合法的に運営できる物件には、予約が集中するようになります。違法物件が消えたことで、市場は健全化し、ルールを守って運営する民泊事業者は、かえって大きな恩恵を受けることになりました。これは、第2次民泊バブルと呼べる状態でした。

合法民泊は、増加するインバウンド需要の受け皿として大きな役割を果たすと期待されていましたが、このバブルもあっけなく終焉を迎えます。2020年2月から世界的に流行した新型コロナウイルス感染症により、国境を越えた人の移動が制限されたためです。外国人観光客が皆無となり、民泊事業者は壊滅的な打撃を受けました。


 

第3次バブル:リベンジ消費と円安がもたらした復活(2023年〜)

 

2023年に入り、新型コロナウイルスの感染状況が落ち着きを見せ始めると、海外旅行の制限が解除されました。これにより、数年間海外渡航を我慢していた外国人観光客が、一斉に日本へと押し寄せます。これは、**「リベンジ消費」**とも呼ばれる現象です。

さらに、歴史的な円安が進んだことも、外国人観光客にとって大きな追い風となりました。治安が良く、食事が美味しく、観光資源も豊富な日本は、円安によってさらに魅力的な旅行先となったのです。政府も引き続きインバウンド拡大を掲げており、外国人観光客の増加は今後も続くと見込まれています。

この需要の急増を背景に、合法民泊は再び活況を呈し、第3次民泊バブルが始まったと言えるでしょう。

 

第3次バブルの終焉と2026年以降の展望

 

しかし、この3度目のバブルも、終わりを迎えようとしています。

2025年、豊島区が民泊に対して厳しい営業期間制限を検討していることが明らかになりました。これは、従来の民泊新法よりもさらに厳しい内容であり、事実上の民泊営業の禁止に近いものです。

この豊島区の動きは、他の自治体も追随する可能性が高く、日本中の住宅地で民泊規制が厳格化されることが予測されます。既存の届け出物件であっても、新たな条例によって運営が難しくなるケースが増えるでしょう。

今後の民泊業界は、闇雲に物件を増やす時代から、以下の点が重要になる、より厳しい時代へと突入していきます。

 

1. 差別化できる施設のみが生き残れる

 

規制によって運営が難しくなれば、単なる宿泊施設としての民泊は淘汰されます。今後は、宿泊者にとって特別な体験を提供できる、ユニークなコンセプトを持った施設だけが生き残れるでしょう。例えば、日本の伝統文化を体験できる古民家、アニメや漫画をテーマにした部屋、あるいは特定の趣味(サウナ、キャンプなど)に特化した施設などが該当します。

 

2. 民泊以外の運営アイデアを考えられるかが生命線

 

民泊という枠組みにとらわれず、物件の新たな収益源を確保することが重要になります。マンスリーマンション短期賃貸として活用したり、リモートワーカー向けのワーケーション施設として提供したりするなど、多様なニーズに応える運営アイデアが求められます。

 

3. 大手資本を持つプレーヤーが有利になる

 

民泊業界が成熟し、規制が厳格化するにつれて、個人や小規模な事業者が生き残ることは難しくなります。一方で、潤沢な資本を持つ大手ホテルチェーンや旅館、あるいは不動産会社が、民泊市場に本格的に参入してくる可能性が高いです。彼らは大規模な施設投資や、多角的な事業展開によって、より有利なポジションを確立するでしょう。

 

4. 既存のホテルや旅館が打ち出せないサービス

 

小規模な民泊事業者が生き残るには、既存のホテルや旅館には真似できないサービスを提供することが生命線となります。画一的なサービスになりがちな大手宿泊施設に対し、民泊はオーナーの個性や地域とのつながりを活かした、パーソナルで温かみのあるサービスを提供できます。例えば、近隣のおすすめ店を独自に案内したり、地域のイベントを紹介したりといった、ゲストとの関係性を築くことが重要になります。

日本の民泊業界は、無法地帯から始まった歴史を経て、今まさに「本格的な宿泊業」としての成熟期を迎えています。これまでの「儲かる」という単純な動機だけでは運営が困難になり、宿泊客への価値提供や地域との共存が求められる、よりプロフェッショナルな世界へと移行していくでしょう。