近年、観光客の増加とともに、民泊施設は私たちの生活に身近なものになりました。しかし、その一方で、ゴミ出しや騒音問題など、地域住民との間でトラブルが増加していることも事実です。
そんな中、東京都豊島区が発表した民泊規制の強化策が、大きな波紋を呼んでいます。今回は、豊島区の動きを中心に、全国的に進む民泊規制の流れ、そして今後の民泊のあり方について考えてみたいと思います。
豊島区の「夏・冬休み限定」方針とは?
2025年9月10日、東京都豊島区は、区内における民泊の営業期間を、夏・冬休み期間に限定するという驚くべき方針を発表しました。具体的には、既存施設も含めて7月〜8月と12月20日〜1月10日のみの営業を認めるとしています。これは、これまで民泊をめぐるトラブルに悩まされてきた地域住民の声を反映したものです。
さらに、豊島区の約半分を占める住居専用地域や文教地区では、民泊の新設を一切認めないという、さらに厳しい規制も盛り込まれています。
この規制が施行されれば、年間を通じて民泊施設を運営することは事実上不可能となります。これは、全国的に見ても非常に厳しい規制であり、先行して同様の規制を導入した荒川区や江東区の例に並ぶものです。
なぜ、今、豊島区が動いたのか?
豊島区が今回、これほどまでの規制強化に踏み切った背景には、いくつかの要因があります。
まず、民泊施設の急増です。豊島区内の民泊施設は、2024年度時点で1473件と、前年度から5割も増加しました。これに伴い、区への苦情も120件に上り、地域住民を対象としたアンケートでは、7割がゴミ出しや騒音問題に困った経験があると回答しています。
こうした住民の声に、高際みゆき区長は「スピード感を持って」対応すると述べ、検討開始からわずか1年での条例改正を目指しています。
豊島区は2018年に民泊条例を制定しましたが、営業期間や区域に制限がなかったため、参入障壁が低かったことが、施設の増加につながったと考えられます。今回の規制強化は、過去の条例の不備を是正し、地域住民の生活環境を守るための、いわば「最後の砦」と言えるでしょう。
今回の規制は「民泊新法」が対象
ここで、今回の規制が何に影響を及ぼすのかを明確にしておきましょう。今回の豊島区の規制は、住宅宿泊事業法(通称「民泊新法」)に基づいて届け出を行った施設が対象です。
民泊新法は、2018年に施行された比較的新しい法律で、「家主が不在でも、年間180日を上限に宿泊事業ができる」という点が特徴です。これにより、個人が空き家などを活用して民泊事業を始めやすくなりました。しかし、その手軽さゆえに、地域トラブルの温床となるケースも増えたのです。
一方、旅館業法を取得しているホテルや旅館などの宿泊施設は、今回の規制の対象外です。旅館業法は、民泊新法とは異なる法律であり、より厳しい設備や運営基準を満たす必要がありますが、その分、年間を通じての営業が可能です。
つまり、豊島区は、民泊新法で届け出られた「民泊」を厳しく制限することで、地域の住環境を守ろうとしているのです。
豊島区の民泊運営者が今、考えるべきこと
今回の規制強化は、豊島区で民泊新法による運営を行っている事業者にとって、ビジネスモデルの大きな転換を迫るものです。ここでは、今後の対応策として考えられるいくつかのアイデアをご紹介します。
1. マンスリーマンション・短期賃貸への転換 最も現実的な選択肢の一つです。規制対象となる「民泊」は、日単位での宿泊提供を指します。豊島区の担当者が述べているように、夏・冬休み以外の期間は、1カ月単位での賃貸に切り替えることで、収益を確保できる可能性があります。特に、単身赴任者や研修で短期滞在するビジネスパーソン、外国人留学生などをターゲットとすれば、安定した需要が見込めます。
2. 旅館業法への切り替えを検討 もし施設の立地や設備が要件を満たせるのであれば、旅館業法への切り替えを検討するのも一つの手です。旅館業法は、厳格な基準があるためハードルは高いですが、一度許可を得れば、営業日数の制限なく運営できます。長期的な視点で見れば、安定的な収益が見込めるため、有力な選択肢となるでしょう。
3. ターゲット層の再設定 夏休み・冬休み期間のみの営業に特化し、ターゲット層を再設定する方法もあります。例えば、長期休暇を利用して東京に滞在する学生や、家族旅行客に特化したサービスを提供することで、繁忙期に高い稼働率と収益を確保することを目指します。
4. 付加価値の高いサービスを提供 単に宿泊場所を提供するだけでなく、豊島区ならではの体験を提供することで、競争力を高めることも重要です。例えば、地元の飲食店と提携して「豊島区グルメツアー」を企画したり、地域の伝統文化体験を提供するなど、宿泊客にとって魅力的な付加価値を生み出すことが求められます。
これらの対策を講じることで、事業者は新たなビジネスモデルを構築し、厳しい規制の中でも生き残る道を見出すことができるでしょう。
まとめ
豊島区の民泊規制強化は、単なる一つの自治体の決定にとどまらず、日本の民泊のあり方を大きく変える可能性を秘めています。
これまでの「自由な民泊」から、「ルールに基づいた民泊」へと、潮目は明らかに変わってきています。民泊事業者は、地域社会との共存を第一に考え、より責任ある運営が求められる時代が到来したと言えるでしょう。
そして、私たち旅行者もまた、民泊施設を利用する際には、その地域のルールや文化を尊重し、地域住民の生活に配慮する意識を持つことが、これまで以上に重要になります。
日本の観光産業が持続的に発展するためには、観光客と地域住民が互いに尊重し、共生できる社会を築くことが不可欠です。豊島区の挑戦は、その大きな一歩となるのかもしれません。
参考資料
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東京都豊島区、民泊営業を夏・冬休みに限定 区内の半分で新設も禁止(日本経済新聞)
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豊島区の民泊規制に関する検討資料(豊島区役所)